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就活に資格はいるか [ゼミ・教育]

 大学4年生の就活の最初の波は一段落したようだが、内定がまだもらえていない、あるいはまだ納得していない学生はこれからが正念場だ。一方、3年生は適性検査やエントリーの仕方、就職試験の模擬などに臨んでいることだろう。いずれにせよ、大学の後半2年間の大学教育は、就活のペースに左右されることになる。

 そのことの問題点については、かつて「大学四年生の心理」という記事で書いたことがある。今日は就活に臨む三年生の資格願望について言いたいことがある。

 全ての大学生がそうであるかどうかは分からないが、就活を心配している学生の多くは、何らかの資格をとろうとして、大学が用意している資格関係のセミナーや講座に参加し、秋に行われる資格試験に備えていることと思う。

 しかし、本当にそれが就活にとって、いいことなのだろうか。就活に関する情報誌などではあるいはその効用を説いているかもしれない。また就職した先輩なども、資格があることが有利だったと証言しているかもしれない。しかし、現実の学生を見ていると、それは本末転倒だという気がしてならない。「気がしてならない」というのは、色々な場合があり得るし、就活を外から見ている立場で強く主張するのが憚られるからであって、本音では、よほど余裕があるか、よほど大学の教育環境が悪い場合を除いては、大学の授業を差し置いて資格の勉強にいそしむべきではないと思う。

 これまで何度か書いてきたが、大学での学習や研究は、有効に受けようとするならば、決して楽なものではない。大学のカリキュラムは、学生の努力を前提に作られている。前にも書いたように、1時間の授業に対して、その倍の時間の予復習が前提とされているばかりではない。それぞれの授業は一週間に一コマしかない。一週間に一度90分程度の授業を受けただけでは、ほとんど何も身に付かない。一週間後には前の週にやったことは忘れてしまう。たとえ大筋は覚えていたとしても、あるいはノートをとっていて、それを見直して思い出したとしても、せいぜい覚えているのは半年後の期末の試験までだ。その間に夏休みの2ヶ月でも入ろうものなら、後期には前期の授業でやった大半のことは忘れてしまう。

 一つ一つの授業がそうであり、そのような授業が日に2コマから3コマ、週4日ほど続く。これらを全部こなすほど、学生の記憶と理解の容量は大きくない。それをどれだけ身に付けられるかは、やはり一方的に与えられる、受け身の勉強では無理な話だ。自分の関心から積極的に調べ、考えなければ、身に付くようなものではない。

 つまり、大学の授業、あるいは少なくとも自分の専門領域の授業について、きっちり自分のものにするには、相当の時間と労力が必要なのだ。そして、それだけの労力を掛ければ、単に与えられたものをこなすのとは違った力がつく。人間としても成長する。これは何にも代え難い経験である。

 それに対して資格の勉強というのは、大学受験までの勉強と同様に、一定の内容の基準があり、その範囲をどれだけ覚えるか、ということに費やされる。これは大学に入るまでに慣れ親しんできた勉強形態であり、単に内容が少し高度になっただけである。だから、勉強の仕方としては安心できる。全面的に講師や受験参考書に身を任せていればいいのだから。成果は一定の手続きをこなせば、ほぼ必ず得られるという安心感もある。企業も、形や数値に還元できない大学の勉強よりも、せめて資格を取る勉強をした人間を評価するのは、楽で安直な判断基準になる。無難な学生を取れるのである。

 ただ、現在の企業は無難な人材よりも、積極的に自分の考えを持ち、様々な現実に柔軟に対処していける人材を求めている。資格勉強をするような人材とは別の人材だと言っていい。

 単位のために、一週間一回の授業を無難にこなし、試験対策をしてとりあえず単位をとる。最終的には何を勉強するかではなく、卒業の資格、就活するための資格を取りたいだけような学生が多い。しかし、それでは、折角大学に入って身に付けられたはずの、自分の頭で考え、自分で切り開いていく勉強・研究の経験をしないことになる。

 企業がもし資格を要求するのだとしたら、そのような本当の学問を学生がしていないことを見越して、せめて数値化できる資格くらいはとっている学生を求めようとしているにすぎないだろう。つまり、学生は社会や企業から見くびられているのだ。企業が本当に欲しい人材など、ほとんどいない(つまり、大学を本当に有効に利用している学生がほとんどいない)ため、次善の策として、資格を要求しているにすぎない。

 資格取得に時間を使うくらいなら、卒論に時間をかけ、就活の面接でそのことを説得力をもって話できる方が、ずっと好感を持たれるだろう。誰もが同じ内容を勉強する資格を持っていても、面接のときに何の話題にもなりはしない。卒論で何をやろうとしているのかをきちんと話せる学生は、きっと就職もうまくいっているのではないかと思う。誰もがやっていることではなく、自分のオリジナルな発想で取り組んでいる卒論のことを聞きたいと人事の人は思っているに違いない。そういう学生は、稀少だから。


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