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自分よりも他の人の方が大事 [チベット]

 Others before self「自分よりも先に他の人を」ーーこれは、亡命チベット人の子どものための学校「チベット人子ども村 Tibetan Children's Villages (TCV)」の庭に掲げられている指導方針である。この学校は長い間、ダライ・ラマ猊下の妹であるジェツン・ペマさんが代表を務めていた。この指導方針も、猊下が提案したものだと言う。

 実はこの言葉の元のチベット語は、rang las gzhan gces「自分よりも他の人の方が大事」である。僕は、この原語の方がいいと思うのだが、よく考えたら、TCVの子どもたちは、このチベット語の原語の方を読んでいるのだから、問題はなかった。

 さて、日本では仏教に関心を持つ人の多くは、仏教に救いを求めるのが動機であろう。悩みがあったり、苦しいことがあったり、迷っていたりして、それを解消してくれる何かが仏教にあると思っているにちがいない。

 ある仏教学の先生が、最近の若い人に「自分は救われる必要ないよ。」と言われてしまうと、何と言っていいか分からなくなる、と僕に嘆いたことがある。しかし、そう考えること自体、仏教は、自分が救われるためのものとその先生が無意識のうちに考えていることを示している。

 だが、ダライ・ラマの本を読んだことがある人なら気付くであろうが、大乗仏教の基本は菩提心である。菩提心とは、全ての生きとし生けるものを救うために自らを顧みずに仏道の実践をしようという決意することである。

 これは、慈悲、すなわち、他者が幸福になることを願う心と他者の苦しみを取り除きたいという気持ちとに他ならない。この慈悲の心である菩提心がなければ、大乗の道に入ったことにはならない。そして、いかにして、このような菩提心を育めばよいかが、ダライ・ラマ猊下のお話の大部分をしめるのである。

 この慈悲心を子どもにも分かるように標語にしたのが、「自分よりも他の人の方が、もっと大事」というTCVに掲げられた言葉である。

 仏教の教えるところでは、自分のことを考えなければ考えないだけ苦しみから解放され、他者のことを考えれば考えるだけ幸せになれる。これが、最も本質的な大乗仏教の精神である。

 そんなことは自分にはできない、と諦めてしまう人が多いに違いない。できなくて当たり前だ。これができなければ、仏教に入ったことにならいと言っているわけではない。発心することが大事なのである。それを到達目標にしようと決意することが大事なのである。それを実現するのは仏になるときであり、それはずっと先の話である。しかし、出発しなければ、そして正しい方向に向かって歩き始めなければ、目標に辿り着くこともない。できないよ、と逃げてはいけない。お釈迦様は、われわれ人間に無理なことなど説いてはいないはずである。
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