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柄谷行人 無知の恥(ち) [チベット]

 僕は週末に東京に帰るだけなので、新聞は読まずに溜まっていく。週末にその週のものを全部読めればいいが、それができないとさらにその上に新しい新聞が追加されていく。いい加減時が経ったものはニュースの意味がないので、新刊書の宣伝や書評欄だけを読んで片付ける。そこで、10月24日の朝日新聞の書評欄に柄谷行人氏がフランス人の書いた『仏教と西洋の出会い』という本の書評を書いていることに気付いて読んだ。別に柄谷行人氏に興味があったわけではなく、監訳者が今枝由郎先生というチベット研究の専門家であり、仏教と言っても、大部分がチベット仏教に関するものであることを知っていたからである。

 ところが、これを一読して仰天してしまった。今でも多少は影響力のある思想家・評論家と思われる柄谷氏の理解が、あまりにも浅薄、ならともかく、全くの無理解と勝手な思い付きが書かれているだけであったからである。今どきこんなことを書く人もいるのかと、その時代遅れの説に驚いたのである。

 ただ、よく読んでみると、最初の印象とは異なり、大部分は本書の要約のようにも読み取れた。とすれば、手元にあったがまだ読んでいない本書がおかしなことを書いているのかもしれないと思い、大部な本なのでざっと斜め読みをしたが、少なくとも柄谷氏が要約しているようなことが書かれていないことを確認したので、その無理解を指摘することにした。

 まずは、この記事のタイトル「無知の恥(ち)」について説明しておこう。もちろんこれは「無知の知」をもじった言い方だが、意味は正反対である。

 何らかの批評をするのであれば、勉強してから書くべきであるし、分からないならば、あるいは知らないならば、そのようなことは書くべきではない。たぶん柄谷氏は、自分が分からないということさえ分かっていないのだろう。無知をさらけ出しているこにさえ気付かず、悪いことには、もし批判されたとしても何も聞く耳を持たずに関係のない自説を展開するに違いない。あるいは「自分は専門家ではないから」と言い訳するかも知れないが、それでもやはり「知らないことを知らない」で書いたことには違いないし、そのような専門外のことにまで口を挟むのを慎むのが誠実な態度だろう。だから、このような書評を書いたことを「無知の恥」を晒していると言いたいのである。

 ことがチベットだけならいいが(いや、よくはないが)、「無知」である自覚もなく文章を公表する「無恥」な人ならば、他の分野で書いたものも、同様の「無知」に基づく立論である可能性は高い。たまたまチベット仏教だけに勉強が足りなかったのではなく、一事が万事。これは知性の問題だからである。本を読んで理解する根本的な能力が欠如しているか、あるいはそもそも読まずに勝手な思い込みを書いてもその自覚がないような批評家の発言に耳を傾けている人は、そのあたりをよくよく注意した方がいい。

 さて、件の書評は次のようなものである。

■チベットへの憧れ、「鏡」としての歴史

【1】本書は、仏教が西洋においていかに受容されてきたかを古代・中世から包括的に考察するものである。その場合著者は、西洋人は仏教の理解を通して、実際は、自らの問題を表現してきただけだ、という見方を一貫して保持している。たとえば、ヨーロッパ近世の宗教論争においては、仏教に似ているという理由で他派を批判したり、その一方で、カトリック教会はラマ教(チベット仏教)に開放と寛容の態度を見出(いだ)し、それがカトリックに類似すると考えたりした。また、18世紀の啓蒙(けいもう)主義者は、カトリック教会を攻撃するために、仏教の合理性を称賛した。つぎに、ロマン派は啓蒙主義を攻撃するために、仏教を称賛した。さらに、ショーペンハウエルは、生を苦とみなす自分の考えが仏教と合致すると考えた。その結果、仏教は、彼のいう「仏教厭世(えんせい)主義」と同一視されるようになった。

【2】以上のように、中世から今日にいたるまで、仏教は西洋人が己を見る「鏡」以上ではなかった。ただ、本書が示すのは、西洋で「鏡」として最も機能したのはチベット仏教だということである。極東の仏教、特に日本の禅がもった影響力は少なくないが、知的なものであり、その範囲が限られていた。一方、チベット仏教は大衆的に影響力をもっている。西洋にはチベットへの憧(あこが)れが中世からあった。一つには、20世紀にいたるまで外国人が入れない「神秘の国」であったからだ。さらに、ラマ教が輪廻(りんね)転生の教義やそれに付随するさまざまな身体技法をもっていたからだ。これは、ブッダの教えの真髄(しんずい)が輪廻転生するような同一的な自己を仮象として批判することにあるとすれば、まったく仏教に反する見解である。しかるに、チベットでは輪廻転生の考えにもとづいて、ダライ・ラマの後継者が決められている。

【3】要するに、西洋人が「仏教」に見出すのは、西洋に存在しない何か、輪廻転生の理論やそれにもとづく魔術の類なのである。19世紀末にブラヴァツキーらが始めた神智学協会は、チベット仏教を称揚し、心霊的自我が転生するという考えを広げた。それは今日の「ニュー・エイジ」につながっている。著者は、エドガール・モランの「西洋は、自身の東洋を抑圧しつつ形成された」という言葉を引用する。つまり、チベット仏教は、西洋人にとって、みずからの内なる「抑圧された東洋」を開示するものだ、ということになる。

【4】しかし、本書の限界もそこにある。チベットは西洋の外に歴史的に存在する他者である。その社会がかつてどのようなものであり、今どうなっているかを見ることなしに、表象の批判だけですますことはできない。また今や、チベット仏教はたんに西洋人の「鏡」としてあるのではない。たとえば、ダライ・ラマ14世が世界を救済する指導者として熱烈に賛美されるとき、チベット仏教は、西洋人が中国共産党やイスラム原理主義者を抑制するための政治的な手段として利用されている。

『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール著、今枝由郎・富樫瓔子訳、トランスビュー、¥ 4,830 (著者は、62年生まれ。フランスの宗教学者・ジャーナリスト・作家。2004年、「ルモンド」紙の宗教専門誌編集長。邦訳のある共著に『ダ・ヴィンチ・コード実証学』など。)

(以上、http://book.asahi.com/review/TKY201010260202.htmlよりの引用、ただし段落番号は僕が付けた)

 僕がこの本にざっと目を通した限りでは、本書の主題は「西洋が真の仏教に目覚めていく精神史」を叙述したものである。最初は、かなり偏った、自分勝手な理解、想像が作り出したイメージから始まり、それがそのときどきの思想とも関係しながら、少しずつ実像に近づいていった。それは1959年のダライラマ法王を初めとするチベット人僧侶たちの国外への亡命、そこから始まる西洋への布教によって転換を迎え、さらには1989年という、いろいろな意味でエポックメーキングな年にダライラマ法王がノーベル平和賞を授与されてからの法王の活動によって、さらに仏教への理解は深まって行った、と書いてあるように思う。もちろん、著者は手放しで、全てが一直線にいい方向へと向かっていると考えてるわけではない。海外で活躍するチベット人僧侶の問題もあるし、またダライラマ法王を初めとする最前線の布教者が西洋人に対して法を説く仕方にも変化が見られることも指摘する。マスコミの熱狂と、それが「はやり」に過ぎないと指摘する一部の批評家の意見もとりあげている。

 だが、いずれも、それは西洋の側の「理解」が遠いところから少しずつ仏教へと目覚めていく、試行錯誤の過程として描かれ、チベット仏教そのものに対する批判は全く見られない。本書はチベット仏教自体の内容については多くを語らないし、また根拠を示した書き方もしていないので、著者が何に基づいてどの程度チベット仏教を理解しているかは分からないが、言葉の端々には非専門家としては十分な理解をしている様子が伺える。

 たとえば、柄谷氏が、「西洋にはチベットへの憧(あこが)れが中世からあった」のは、「ラマ教が輪廻(りんね)転生の教義やそれに付随するさまざまな身体技法をもっていたからだ。これは、ブッダの教えの真髄(しんずい)が輪廻転生するような同一的な自己を仮象として批判することにあるとすれば、まったく仏教に反する見解である。しかるに、チベットでは輪廻転生の考えにもとづいて、ダライ・ラマの後継者が決められている。」と書いているが、このようなことは、本書の中に見出せないどころか、逆のことを著者は言っている。すなわち

彼らは、チベットのトゥルク(化身)のようなまったく例外的な存在から着想を得て、秘境的仏教、つまり秘境伝授を受けた人々の教えは、死後の意識の根源を認めている、とほめたてた。これはチベット人の考え方を歪曲したものである。チベットの概念では、生から生へと生まれ変わる永続的な根源や個人的な意識の存在は、想定されていない。

 ただ、まったくの例外として、究極的な「覚り」の境地に到達したある種の人々は、(中略)他の人々が最終的な解脱に達するのを助けようという意図から、みずから進んで転生を選ぶのである。こうした慈悲ゆえの転生者たちは、チベット仏教でトゥルクの名で知られており(そのもっとも有名なものがダライラマである)、その存命中に、菩薩の誓い、すなわち、生きとし生けるものが地上で苦しむかぎり、自らがニルヴァーナに到達することはなく、生々死々の輪を最終的に離れることはない、との誓いを立てた人々である。

 ところが、このチベットの教義はよく理解されぬまま、アナートマン〔無我〕の教義を受け入れることのできない一部の西洋人に、個人的な意識が死後も存続するとか、ある永続的な根源がふたたび転生するといった考えを、またもや導入することを許し、混乱を生むことになった。(pp.179-180)


 本書は全編にわたって、西洋が仏教を発見していく記録であるが、著者はその時代時代の受け取り方を記述すると同時に、それが本当の仏教をどの程度歪めているかを語っている。その歪みが少しずつ是正されていくのを著者と一緒に辿っていくと、西洋がいかに、幼い子どもの思い込みから少しずつ成長していくかが手に取るように分かる。その意味で、たいへんおもしろい本なのだが、柄谷氏はそのようには捉えていないということになる。

 先の「ダライラマの後継者が決められる。」という言葉に続けて柄谷氏は「要するに、西洋人が「仏教」に見出すのは、西洋に存在しない何か、輪廻転生の理論やそれにもとづく魔術の類なのである。」とまとめているが、これとても、本書の歴史観のまとめにもならないものである。最近のダライラマ法王の倫理的な主張を説明するくだりまで本書を読めば、「西洋人が仏教に見出すもの」は決して「輪廻転生の理論やそれにもとづく魔術の類」であると著者が言っていないことは明白である。

 そもそも「ラマ教」という言葉を現在のチベットを知る人たちは全く使わなくなった。本書の中でも、それは歴史的な呼称として、ラマが尊敬されていることから名付けられた「ラマ教」という但し書きと括弧つきで使われているにすぎない(p.57)。しかし、柄谷氏は、何の制約もなく、ラマ教という言葉を使う。たぶん、その括弧付きの意味を説明している箇所を読み飛ばしたのだろう。

 著者が鏡の比喩を使うのも、それは西洋の何かを映し出している、という肯定的な意味ではなく、対象そのものを捉えずに、自分の勝手な思い込みで対象(つまり仏教、とりわけチベット仏教)を歪めて見ていることを指摘するためであり、単に「西洋人は仏教の理解を通して、実際は、自らの問題を表現してきただけだ、という見方を一貫して保持している。」からではない。

 著者が、現在の状況を(完全に手放しでというわけではないが)肯定的に捉えてるのは、たとえば、次のような言葉からも伺える。

 チベットのラマたちによる「目覚めた社会」と「全面的に平和な世界」に向かっての闘い、そこにおいては、神話と理性、予言と慈悲、魔術的思考と倫理的原則が、あまりにも渾然と混じり合っているように見える。筆者にはその闘いが、西洋に仏教が広がっていく、今まさに進行中の錬金術的過程を、きわめてよく例証しているように思われる。魔法から解き放たれた西洋は、結局のところ、魔法からの解放である一つの哲学〔仏教〕によって、ふたたび魔法にかけられることしか望んでいないのだ!(p.313)

 このレトリックを共感を持って解さなければ、この著者も現在の状況を冷ややかに「西洋は魔法にかかることを望んでいる」という今までの歴史を繰り返しているにすぎないと批判しているように捉えてしまうだろう(たぶんこのくだりまでは読んでいない柄谷氏もここを読めばそう解してしまうに違いない)。しかし、その前の修飾語は、仏教が「魔法からの解放」すなわち真実そのものをありのままに見ることを目指すものであることを意味している。西洋はそれに同調する方向に向かっていることを、単に文学的に(レトリックとして)ふたたび魔法にかかることを望んでいると表現しているにすぎない。この新たにかかろうとしている魔法は、むしろ、好ましい、肯定的なものなのである。

 もちろん、本書にも問題がないではない。チベット仏教の理解はやや皮相的だと感じる(それはこの著者の専門外の分野だからだろう)し、また翻訳も忠実に翻訳しようとするあまり、ややもすると誤解されそうな表現になっている。そのことは上に引用した部分にも見られる。だが、本書は西洋人のチベット理解がどのように成熟してきたかを歴史的に語る点に意味があるのであり、そういう意味では極めて情報量に富んだ本である。

 最後の柄谷氏の「ダライ・ラマ14世が世界を救済する指導者として熱烈に賛美されるとき、チベット仏教は、西洋人が中国共産党やイスラム原理主義者を抑制するための政治的な手段として利用されている。」という指摘は、著者の見解を離れたものであることを明言している通り、柄谷氏自身の意見である。これは事実とは異なることは改めて言うまでもないと思うが、少なくとも、本書がダライラマ法王の行動についてかなりのページを割いて「事実」を記述しているのを、まったく無視した結論である。一部に政治的な思惑をもって、政治的な手段としてダライラマ法王を賞讃する人がいないとも限らないが、少なくともそれは多くの西洋人がダライラマ法王を称揚するときに考えていることではない。ダライラマ法王を支持する西洋人の多くは、直接ダライラマに会い(少なくとも講演会や灌頂に参加してその人柄に触れ)、その人格的な魅力に魅了されてチベット仏教支援を表明しているのである。

 今、法王は来日され、風邪を引かれている中でのハードスケジュールをこなしている。その中で奈良の東大寺で大仏殿を参拝された。そのときにその場に居合わせた友人から次のような話を聞いた。奈良公園を通って大仏殿まで行く道は結構ある。そこをダライラマ法王は20人ほどの人たちと参拝に向かわれた。大勢の人がそこに集まり、道の両側に列をなしている中をゆっくりと歩かれ、人々と握手し、子どもがいれば頭を撫でて笑いかけ、身障者がいれば抱き締めながら歩かれた。その姿を後から見ていると、幸せを振りまきながら歩くというのは、このようなことなのかと思った、そうである。

 一体、他の誰がそのようなことをできるであろうか。握手をする人はいるかもしれないが、それが幸せを振りまいているように見えるような人は誰一人いないであろう。その姿は、常々ダライラマ法王が講演の中で説かれていることと寸分の違いもない。そこに政治的な思惑の入る余地はないし、またダライラマ法王の言動に感動する人たちも、そのような姿に感銘を受けているのである。

 北京オリンピックのとき、アメリカでの聖火リレーにおいて○国人たちとアメリカ人の若者たちがもみ合う場面がテレビで放映された。そこに一人のアメリカ人の青年が○国人に対して、「あなたはダライラマ法王を会ったことがあるのか。一度会ってみれば、彼がどういう人か分かる」と言いつのっているのが映っていた。もちろん、○国人にその訴えは通じることなく、何の答えもなかった。英語は理解できても、そのアメリカ人の青年が言っている言葉は、○国人には届かなかったのであろう。おそらく柄谷氏がダライラマ法王に会っても、何の感動も受けることはないに違いないが、そのことは、○国人同様、その人の精神の貧困を示しているのではないだろうか。
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