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チベット仏教研究のススメ [チベット]

 先日(2012/2/17)、駒澤大学大学院仏教学研究会の公開講演会で「チベット仏教研究のススメ」というタイトルの講演をしてきた。

 例年の公開講演の演題を見ると、学術発表の趣を呈していたが、ここはひとつ、チベット仏教を研究する人、研究してみようと思う学生を少しでも開拓したいと考えて、チベット仏教を研究すると、こんなにいいことがあるんですよ、という宣伝目的の講演を目論んだのである。

 実際、チベット仏教というのは、特殊な仏教ではなく、インド仏教が衰退し、滅んでいくときに、その灯火をチベットに移し変えて発展した、後期以降のインド仏教にほかならないのである。ただし、チベット人とインド人では、国民性というか、民族性が違うので、仏教や、仏教文献に対する態度に違いが出てきて、非常に論理的で整合性のある体系を目指すチベット人は、インドの典籍の総体を受け入れつつ、その間にある様々な矛盾や対立を、再解釈し、矛盾のない体系に組み立てなおしたのである。

 チベット人の膨大な著作は、そのようなインド仏教の原典に対するテキスト研究、思想研究の成果の蓄積なのである。

 そこでそのようなチベット仏教を研究することで、近代の仏教学をはるかに超える理解あるいは解釈体系を手にすることができる。それを武器にインド仏教の原典を研究すれば、今まで思いもしなかったような高度なレベルでの研究ができるであろう。

 しかも、目の前にはチベット人たちの著作が山のように刊行され、TBRCのお陰で、そのほとんど全てをすぐに手にすることが出来る。さらに研究者の数がすくないので、やり残されているテーマを探すなんてことをしなくても、犬もあるけば棒に当たる式に、いくらでもザックザクと研究テーマが出てくる。

 とこのように、おいしい話をしようと思ったのであった。そしてプレゼンもその線で書いていった。

 そこでただ抽象的な話ではなく、実例も交えてさらにチベット仏教研究の面白さを伝えようと思って資料を揃え始めたら、これがやはり面白くて、いろいろな実例からなる資料を作ってしまった。ところが、よく考えてみたら、駒大の仏教学研究会は何もインドやチベット仏教の研究者ばかりではなく、いやそれ以上に、中国仏教、日本仏教、さらには禅宗の研究者が多いことに気付いた。かれらはチベット語を知らない。そこでチベット語に即した難しいけれども、おもしろい実例を挙げても、そのおもしろさは伝わらないであろう、ということで、全部に和訳をつけていった。

 しかし、そもそも難解なチベット語をこんなふうに解釈し読めますよ、おもしろうでしょう、というような例ばかりだったので、要するにチベット語を知らないとそのおもしろさが伝わらないどころか、そもそも何をしているのかさえ伝わらないことになってしまう。

 結局、実際の講演では、時間も足りなかったこともあり、そのような「おもしろい」例はほとんどスルーして概要を説明するしかなかったのである。

 そのお陰で、二つくらい論文のかけそうなテーマが見つかった。(チベット仏教の研究では簡単にテーマが見つかるのである。)それは後ほど、あるいは近いうちに論文に書くことにしたい。

 この講演の内容は、録音から文字に起こして、5月に刊行される予定の『駒澤大学大学院仏教学会年報』に掲載されることになっている。去年の年報の目次を見ると、

第43号 2010年(平成22年)5月発行
巻頭言 松本史朗
中世初期の入宋僧 ―覚阿・栄西・能忍・俊芿・道元と宋代禅宗―  佐藤秀孝
明治・大正期における曹洞宗の葬儀・追善供養法
―行持軌範・洞上行持四分要録・洞上行持諷経錦嚢を資料として― 徳野崇行
如浄禅師における教学的様相 ―『宝慶記』を中心として― 清野宏道
道元禅師における多子塔前付法と霊山付法 西澤まゆみ
洞門説話の展開と意義 ―伊勢浄眼寺所蔵 『神明三物記』を中心として― 龍谷孝道
『宝慶記』における身心脱落の意義 永井賢隆
永光寺・大乘寺における国王即位法関係切紙 ―久外呑良・卍山道白を中心に― 廣瀬良文
『摩訶止観』病患境の研究  渡邊幸江
謎の禅者、今井福山について 小栗隆博
『摩訶止観』病患境の研究 ―中国医学から読み解く「腰三孔」― 渡邊幸江
『長部』の整理について ―『長部註』『長部復註』を中心として 越後屋正行
パーリ聖典における中道の研究 ―ウパディ(生存素因 upadhi)に基づいて― 孫思凡
『マッジマニカーヤ』における信について ―saddhāの語を中心として― 清水谷善曉

こんな感じである。やはり少し場違いだろうか。

 とりあえず、ここにプレゼンの内容を少し手直ししてPDFにしたものと、当日配布した資料のPDFをリンクしておこう。これだけではいずれも正確には内容を知りえないのであるが、もし興味のある方がいらっしゃったら、ちょっとだけでも目を通していただければと思う。

 いずれにせよ、講演会のあとの懇親会では、中観を研究している何人かの学生と話ができ、少しはチベット仏教研究へのススメになったのではないかと、ちょっと期待はしている。
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