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高校生にWeb作りの基本を教えるには [ゼミ・教育]

 高校の先生を対象にWebページ作成とプレゼン作成のセミナーをやろうと思ったきっかけは、大学で毎年募集している表現コンテストのWeb部門の審査を担当したことにある。

 表現コンテストというのだから、高校生が自己表現をするための手段としてホームページを使わせるというのが、もともとの発想だったかもしれないのだが、送られてくる作品の多くは、Webページとしての常識というか、自然な作りを無視して、高校生の日常に取材したようなポエムやスナップ写真をあちこちに散りばめたようなものだった。ポエムを書くことや、自分たちの日常をデジカメで撮って、サイズを縮めて、そして背景の色や画像の上にそれらを配置することが自己表現であり、教育の現場としては、生徒達に興味を持たせるためにも、そういう身近なテーマに取り組ませる必要がある、・・・のかもしれない。

 僕は高校生の知的レベルがどの程度のもので、どのくらいのことを教えられるのかは知らない。無理があるのかもしれないが、そもそも自己表現というのは、そんな風に見てくれる人のことを考えずに、ただ自分の中から湧き起こるものを画面や紙の上に定着させるようなものではないと思う。

 「表現」というのは、それの受け手がいることが前提であり、というか、受け手に受け止められて初めて「表現」は完結する。「表現」というのは、作り手と受け手のコミュニケーションの一つなのである。自分の中にある何かを単に外に表出することが「表現」なのではない。

 とすれば、表現をするときに、それを受け手がどのように受け取ってくれるのか、あるいはどのように受け取って欲しいのか、どうしたら受け手はちゃんとそれを受け取ってくれるのだろうか、こういうことを考慮しなければならないのである。そのことに意識的な作品は皆無に近い。それは高校生には無理な注文なのだろうか。だとすれば、表現にならないものを何のために作っているのか分からないだろう。

 自分を相対化して見る、あるいは外の視点から自分や自分の作るものを見る、そういう目を持ってものを作る、というのは、かなり高度な抽象的なものの見方を要求するのかもしれず、現場の高校でそれを生徒に要求するのは無理があるかもしれない。そこで、テーマを工夫することで、「自己表現」をしないですむようになるだろうと思う。

 たとえば、何か客観的なものについての売り込みやアピールをするページを作るというのが、一番簡単な方法であると思う。それは自分の高校やサークル、地域のようなものでもいい。余り一般的なものだと、それについてのネット情報や本の情報をそのままWeb化するだけに終わってしまうので、自分で調べて、構成を自分で考えられるようなテーマがよい。

 自分の視点で調べ、調べたことをどうWebサイトにまとめるか、しかも魅力的に、おもしろくまとめるか、ということに努力していくうちに、その表現に工夫するようになり、その工夫こそが「自己表現」であることに気付くだろう。表現そのものに自分の個性が表れるのである。

 もう一つの問題は、形式に関するものである。まず、Webサイトは、絵画のように自由な表現が許される場ではない。Webサイトは芸術ではなく、使って貰うもの、つまり実用的でもある必要がある。そして実用的であるためには、操作に戸惑うようなものではいけない。どんなに奇抜な表現をしても、使いづらいものだったら、次のページを見てもらうことはできない。

 それには、Webページとして標準的に採用されているインターフェースのルールに従う必要がある。そうすれば、ユーザーは戸惑うことなく読み進めることができるし、その分内容に意識を集中させることができる。現代のWebページは、インターフェースのならず、内部コードの構成の仕方も含めて「Web標準」といわれるガイドラインがおおよそ固まってきている。といっても、どこかが規則を策定しているのではなく、多くの人の共通の合意事項となっている。

 「標準」という言葉が、いかにも皆が従うべきもの、ということを連想させる。だれかがきちんと決めたわけではないが、現在のWebサイトは雪崩を打つようにWeb標準準拠のページになっていっている。そういう世の中の趨勢に則ったページを作ることで、ユーザーは迷うことなくサイトの中を見て回ることができる。

 ただし、これもまたXHTMLとCSSを使ったコーディングが必要で、高校生には難しいかも知れない。どこまで教えたらいいか、どこまでなら理解してもらえるのか、しかも興味が続くのか、ということは、やはり現場での試行錯誤が必要だろう。それをクリアするために、ある程度の標準的なテンプレートを作っておけば、そのハードルは低くなるように思われる。

 以上のような、内容と形式の両側面からの話と、まさに最低限必要と思われるWeb標準の基礎知識をお話しし、実際にそれを使って簡単なページを作ってもらおうと思う。
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高校の先生向けWebとプレゼンの講習 [ゼミ・教育]

 この夏休み、大谷大学のオープンキャンパスにおいて、高校の先生向けの、Webページ作成およびPowerPointによるプレゼン作成についてのセミナーを開催することにした。高大連携の企画の一環である。偶然のいきさつから、僕は大学の高大連携事業に関わりを持つようになった。そのことについては、また別の機会に書くことにして、このセミナーのいきさつを書いておこう。

 もともと、通常の高大連携の授業は、大学の先生が高校生向けに出張の講義をすることが多かった。他の大学でやられているものはその類のものである。高校側では、大学進学の動機付けになり、大学側では、大学の講義の宣伝になる、という両者の求めるものが一致したことによる。ただし、先生によっては、逆宣伝になるような場合もあると聞く。

 ところで、僕はもう一つ、大谷大学の「人間が好きです!表現コンテスト」という企画のホームページ部門の審査を担当している。前回にも書いたように、どういうわけか僕の仕事が増えていくばかりなのが、これでも伺えるだろう。それはともかく、高校生が応募してきた作品を見て、採点し、他の数人の審査員と協議して入賞作を選んでいく。

 ところが、ここのところ、入賞作を選定するのが難しくなってきている。送られてくる作品がWebページの作品として規格外れのものが多くなっているからである。いいところよりも、悪いところが目立ってしまう。そして、内容は、友情やクラスなどの身近な話題について、写真やポエムなどをちりばめたものが大勢を占めている。

 最初の頃は、確かに高校生が自分たちの生活を表現する手段としてWebページを工夫して使っている点が新鮮であったが、毎年同じようなものばかりで、しかも時代の状況に合わせた進歩が見られない。

 たぶん、高校での情報科の授業などでは、そういうWeb作成の進展に追いついていないのではないかという気がした。

 そこで、「今、Webページはどのように作るべきか」というテーマで高校の先生向けにセミナーをしてみてはどうかと、大学の高大連携部会で提案した。提案したからには、その担当が回ってくるよ、と言われたが、思っても言わないでいるのは腹膨るる業なり、なので、気にせず提案し、案の定セミナーの講師の役が回ってきた。

 現在、個人がWebサイトを持つことはほとんどないだろう。みんなブログに移行してしまっている。そのブログも最近は書く学生は少なくなってきて、みんなmixiの中での日記や掲示板、自己紹介などで自己表現をしているように思われる。

 それでは、今、高校生がWebページの作り方を学ぶとしたら、それは何の意味があるのだろうか。それについては、また日を改めて書いていきたいと思う。
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新しく大学生になる君に [ゼミ・教育]

 昨年もこの同じ時期に、「新大学生へ」という記事を書きました。受験を終え、これからの新しい学びの場に胸を躍らせている新入生に、大学四年間の決して明るくはない未来と、そうならないためのアドバイスを述べたものでした。

 実は、今年も何か言おうと思っていたのですが、この一年前の記事に付け加えるものは、何もありませんでした。全く同じ言葉を、新大学生に贈りたいと思います。是非、読んでみて下さい。そして、有意義な大学生活を送るために、手遅れにならないうちに自覚を持って下さい。

 この際だから、同じように気をつけてほしいことを書いた記事をもう一つ紹介しておきましょう。今、大学生になりたての人にはピンと来ないかもしれませんが、「就活に資格はいるか」という記事です。就活自体は、もう少し先かもしれませんが、大学に入って勉強しようと意欲に燃えている人が、将来のことも考えて、何か資格を取りたいと思うのは、自然なことです。自分の将来をある程度決めていて、それに必要な資格があれば、それは計画的に取っていく必要があります。しかし、そのことで大学での学習や研究が疎かになるようであれば、それは本末転倒です。本当に就職に必要かどうかは、きちんと見極めなければなりません。就職に「必要」というのと、就職に「有利」というのは違います。必要なら資格を取らなければなりませんが、取ったら有利という程度の資格は、止めた方がいい、というのが、僕の意見です。

 「大学での単位の換算についての衝撃の事実」も、新入生に関係があります。大学の授業の単位の意味についても、新入生には大事なことだと思います。何も卒業に必要な単位を取るために大事なのではありません。大学で授業をとって勉強をすることの意味を、原点に返って見つめ直す必要がある、という提言です。

 新入生もしばらくすると、授業をさぼりがちになる人が出てきます。「授業に出席するのは当たり前」は、そうならないように警告を出しました。

 大学での生活をどのように送るか、それを決めるのは、みなさん学生一人一人の自覚です。少しでも、楽な方に流れていけば、内容の薄い四年間になってしまいます。別に苦労を求めよ、と言っているわけではありません。今日やった方がいいことは、今日のうちにしっかりこなしておくこと。そうして、目の前にある、学問の府としての大学の資産を無駄に通り過ぎることなく、有効に活用して自分のものにしていってほしいと思います。


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就活のグループディスカッション [ゼミ・教育]

 ゼミの四年生torohiihira君が、「初めてのグループディスカッション」という記事をアップしてくれた。

 これ、すごく参考になると思う。僕はそういう場面に出会ったことはないが、様子がよく分かる上に、torohihira君の経験に基づくアドバイスが、これまた、納得ものだ。

アドバイスとしてはさっさと発言した方が 他の人とネタが重ならないので、有効です。 あとは、 「場を仕切る」 「タイムキーパー」 「思いついた事を全部言う」 「ユーモアを交えて笑わせる」

などについて、詳しく説明してある。

 こうしてみると、今、大学の初年度に大学導入科目としてやっているグループ学習、特にブレーンストーミングの授業は、就活のグループ・ディスカッションの先取りという意味もあると言える。もちろん、それだけではなく、二年生以降のゼミの学習にも取り入れ、共同で何かのプロジェクトをやるときの基本になる。

 一つ疑問なのは、そういう授業でやるブレーンストーミングは、就活のグループ・ディスカッション対策として有効なのかどうかだ。torohiihira君、あるいは、他のゼミ生諸君、どうだろうか。僕らのやり方でもう少しこうした方がいい、というような意見があったら、教えて欲しい。


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人文情報学科では何を勉強するのですか [ゼミ・教育]

 これは、オープンキャンパスで受験生(や、その親、先生など)からよく聞かれた質問である。どの学部や学科でも、そのような質問がでるのか、それとも、それは「人文情報学科」だからなのかは、僕には分からない。ただ、史学科や文学科では、そのような質問は出ないだろうから(そういう場合は、自分のやりたいようなことができるかを聞くかも知れない。)、とりあえず、「人文情報」という、よく分からない名称の学科だから出る質問だと考えておこう。

 それに対して僕は、おおよそ次のような答えをしてきた。普通、情報学科というと、理科系ないしは専門学校で、一定の、体系立った知識や技術を勉強することが主眼となるだろう。しかし、人文情報学科では、技術は必ずしも一から十まで、理論も含めて全部教えることはしない。特に理論的な部分は、必要最低限である。その代わり、何をしたいか、あるいは何をすべきかを考えられるような授業を重視する。

 つまり、自らテーマを見つけ、そのテーマについて考え、調べ、何らかの解決策を提案し、それを実際の作品で実現していく、というプロセスを、何度もトレーニングする。そうして、何をしたらいいかが分かったら、それを実現するために必要になる技術を、その段階で学べるようにする。必要な技術を必要なときに、必要な範囲内で学ぶ。そういう意味で技術・理論主導ではなく、必要性や目的を見出し、それを解決するような思考が大切だと考える。

 それでは問題はどこにあるのか。人間社会は、基本的に文系の原理で動いている。人間が主体となり、また人間を対象とする活動は、文系の視点からしか理解することが出来ない。そういう中で、人々がそれぞれの仕事や分野、活動領域で何を望み、何が必要とされ、何が足りないかを見つけ出してくる必要がある。そういう要望をきちん取り上げ、それを何とか解決したり、解決方法を示したりできる、そういう人材を育てたいと考えている。

 そのために、ある程度の技術をベースにしながらも、2年生は、グループ学習で、一つのテーマについて問題点を考え、調べ、考察し、それをプレゼンテーションの形で表現し、聴衆に訴えていく授業が、最も重要な授業になる。このプロセスを1年間に3回ほどこなす。特に後期は半年かけて一つのテーマ、ここ数年は「仏教」という統一テーマのもとで、各班が何らかの個別テーマを見つけ、調査し、考察し、それをプレゼンにまとめて、最後にコンテストをする。

 三年生、四年生は、それまで機械的に分けていたクラスを、学生が自分で、自分のしたいことに合う先生を選んで、その先生のゼミに入る。ゼミでは、研究発表を中心とし、徐々に卒論に向けてのテーマ選びを進めていく。最終的には、卒論のために何らかのものを制作する。このとき、その制作に必要な技術があれば、その段階で必要な技術を身に付けることにする。四年生は、就活と卒論(卒業制作)がメインの柱になる。

 学生は非常によく勉強し、みんな時間外にも学科の建物に残って課題をこなし、作品を制作する。たとえば、学科のWebサイトも、全部で80ページ近くになるが、全部学生と教師が共同で手作りで作ったものだ。これは人文情報学科の具体的な授業内容やゼミの内容を、他にないくらい詳しく紹介しているが、同時にそのWebサイトが、人文情報学科の学生が何を作っているかの、ちょうどいい例になっている。

 以上のような話をし、直前にアップした人文情報学科のオフィシャルWebサイトを見せながら、授業内容や、学年毎の学習の進み方について説明をした。このWebサイトがあることで説明が具体的になり、非常に効果的だったように思う。

 中には、鳥取から生徒二人を連れた高校の先生が、進路開拓ということで尋ねてこられた。その高校にも情報系のコースがあり、そこの生徒をどこに進学させるかを検討しているとのことだった。電話で大学の入試センターに聞いたところ、WordやExcelをやるようなことを言っていたが、そのレベルでは高校で学んでいるので、わざわざ大学でやる必要がない。具体的にオープンキャンパスで先生に聞いて欲しい、と言われたので、鳥取から出てきた、とのことだった。その先生とは色々と学科の状況や、指導方針について、かなりつっこんだ話をした。やはり、高校生と話すのと違って、具体的にこちらのやりたいことを理解してもらえるいい機会になった。

 模擬授業も、前に書いたが、2年生の作品、3年生の学科のオフィシャルサイト作成プロジェクト、4年生のオンラインWebサイト構築ツールを作成している卒論、これらをそれぞれの学生に来てもらってプレゼンをした。僕はちょっとコメントを言うだけで、あとはつなぎの司会をしただけだったが、去年よりも人数が多かったように思う。これも、人文情報でやっていることの紹介として効果的だった。

 しかし、こうやってオープンキャンパスに来てくれた人には、学科の内容を具体的に紹介できたし、興味も持ってもらえたように思うが、来てくれた人の数は非常に少ない。僕は8月1日だけに参加したが、相談に来たのは5組くらいであり、模擬授業も去年より盛会とはいえ、20人くらいだった。来てくれない人の方が圧倒的に多いということである。そういう人には、具体的内容を説明する機会はない。Webサイトは出来る限り具体的に授業やゼミの様子を紹介する他、非常に多くの情報を提供している。ちょっとやそっとでは、その全部を見通すのは難しいくらい豊富な情報だと思う。せめて、このWebサイトを覗いてもらえたら、と思う。


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Pythonを速習できるか [ゼミ・教育]

 今年の前期のプログラミング演習はJavaを使った。この演習はプログラミングの入門の位置にあるので、かなり思い切った方針だった。例年はPythonを使っていたが、結城浩『Javaプログラミング・レッスン』が丁寧な説明を乗せていたので、適当な参考書のないPythonよりもやりやすいのではないか、と考えての方針変更だった。

 しかし、言語としてはJavaはPythonよりも煩瑣な単語を用い、概念も難しいので、これでプログラミング入門にするには効率が悪かった。本当は、Javaと同時にPythonも勉強するつもりでいたが、最初の段階でこの計画は挫折し、早々にJava一本に絞った。しかし、現実にJavaで実用的なプログラムを作れるかというと、無理がある。やはりスクリプト言語を利用しなければ、Webプログラミングもできない。そこで、夏休みにPythonを速習してもらうことにした。

 一週間に一回、説明ページをアップし、それに基づく練習問題を何題か出す。その答えをメールで送ってもらう。これは、夏休みの1月半の間にプログラミングに全く触れないと、前期にやったことを忘れてしまうのを防ぐ意味もある。一週間に一回とはいえ、エディタを起動し、問題を考えていれば、何もしないで後期を始めるよりもずっとましだろう。

 さて、それでは、このような一種の通信教育でPythonが身に付くだろうか。これはひとえに僕の説明の仕方と問題の出し方にかかっている。特に、問題は、難しすぎず、しかし、また単に例題をなぞるだけではなく、頭を使って書けるような、そういうものをうまく段階的に配置してく必要がある。

 前にも書いたように、今の四年生の卒論で、そういう初心者向けの問題を多数集めている学生がいるので、そのデータを送ってもらって利用するのもいいかもしれない。

 取り敢えず、現在、7回ほどに分けて説明をしていく予定を書いておく。

  1. プログラミングの基本構成要素を説明し、特に文の種類をきちんと理解してもらうようにする。問題は、前期の範囲からJavaのプログラムコードを挙げて、その各行が、どの文の種類に属するかを書いていってもらう。そうすることで、具体的にプログラムがどのような種類の文によって構成されているか、その割合はどんなもものを理解してもらう。
  2. まず、単文について、Javaの文に対するPythonでの書き方を説明し、単文が連なっているJavaのプログラムをPythonに書き直してもらう問題を出す。
  3. 次にif文、while文、for文について、そのPythonでの書き方を説明し、課題として、JavaのプログラムをPythonに書き直してもらう。
  4. 関数定義について、Pythonの書き方とJavaとの違いを説明し、課題としては、前期に作ったJavaのメソッドを使ったプログラムをPythonのコードに書き直してもらう。
  5. 配列あるいはリストについてのPythonの書き方とJavaの配列の使い方の違いを説明し、これも課題としてJavaのプログラムをPythonに書き直す。
  6. 説明としては、落ち穂拾いで、Pythonにおけるコマンドラインの引数を処理する方法、ファイルの読み書きの方法を説明し、これはJavaを持ち出さずにPythonだけでプログラムを書いてもらう。ここら当たりになると、Javaの書き方は複雑なので、わざわざそれを引き合いに出さずにシンプルなPythonで処理するようにする。
  7. 説明は前回で終了し、今回はできるだけいろいろな小問を解くようにしてもらう。

果たして、テキストが書ききれるかは分からないが、これで一通り前期にJavaでやったことをPythonで書き直すことはできるようになるだろう。ついでに、プログラムの説明は、wython風味の書き方にしてみよう。密かにwythonの入門用教材のたたき台になるように。


ゼミ生との出会い [ゼミ・教育]

本日学会発表があり、昨晩もほとんど寝ないで配付資料を作っていた。その他に学科のWebサイト作成の最終段階で、今月中にはアップしなければならないが、まだ書いていないところがある。その上、HTML文法チェックで100点を売りものにしているのに、久しぶりにトップページをチェックしたら、55点!! ショックだ。

 ということで、2日ほど更新できずにいた。

 学会は大阪の藤井寺にある四天王寺国際佛教大学で行われたが、上に書いた雑用があるため、懇親会に出席せず早々に帰ってきて、閑散とした大学で作業をし、最寄りの駅ビルで夕食をとってから大学へ戻ってきた。

 昨日で前期の試験も全て終わり、本格的な夏休みに入る。今の3回生のゼミ生とは、長いようで、まだ4、5ヶ月のつきあいだ。今年は最初からブログを通じて交流をしてきたし、グループ学習でかなり大がかりなWebサイト作成プロジェクトを実行したので、ゼミ生同士も、そして僕との関係もかなり濃厚なつきあいになった。

 夕方、駅ビルから戻ってくるときに、2月にゼミ希望の学生と、この駅ビル入り口の喫茶店で面接をしたことを思い出した。僕の学科では、3年生になるときにゼミを選択するが、その前の1月末に2年生全体に対して、ゼミ紹介のオリエンテーションをしたあと、学生は感心のあるゼミの先生と個別面接をしてゼミを決めていく。僕は基本的には申し込み順にしている。この春休みの時期は、大学は一週間から二週間に一度、会議があるだけなので、そのときに面接をまとめてやったり、大学入試のときには、構内に入れないので、外の喫茶店で午後中、ずっと面接をしたりした。

 中には2年生のときに僕のクラスにいた学生もいたが、学生番号で機械的に割り振られたクラスと、自分の意志で選択するゼミとでは、濃密度が違った。その喫茶店の前を通って、その時のことを思い出した。それがみんなと出会いの場だったのだ。

 どのゼミを選択するかは、学生にとっては重大な選択の問題だったが、そのことを自覚している学生とそうではない学生がいた。後者の学生は、積極的には面接に回らず、ゼミも最後まで決められず、結局は人数の余裕があるゼミに回ることになったりした。

 僕は先着順だったので、最初から意識的に僕のところに来たいという学生が集まった。別のゼミを選んでいたら、別の学生生活を送っていたことだろう。

 一人、面接に来て、結局考えた末に別のゼミに行った学生がいた。緊張しながら、いろいろ迷っていることを告げた様子が印象的だった。このテスト期間中に演習の課題に取り組んでいたとき、たまたま教室にいた僕は相談を受けた。結局、僕のところに来なかったとはいえ、よく勉強してかなりできるようになっていることに驚いた。僕の側から言えば、学生との出会いは、誰と今後の2年間を突き合うか、その学生をどのように育てていくか、という問題に来直するのだが、学生の側からすれば、どこのゼミに行こうと、そこでどのように勉強に取り組むか、が重要なのだろう。

 あれから、まだ半年も経っていないが、随分長い時間が過ぎたように感じている。


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Javaをプログラム入門に用いるのは [ゼミ・教育]

今年のプログラミング入門の演習は、スクリプト言語のはずが、Javaを使って教えてきた。というのも、結城浩著『Javaプログラミング・レッスン』上下が、プログラミングの基本的な概念を実に丁寧に、かつ詳しく説明していたので、これを使えば、僕の急いだ説明に着いて来れなかったとしても、家で予習・復習ができると考えたからだ。

 昨年度までは、Pythonをメイン言語にして、テキストは毎回僕が前の晩に書いたものをコピーして渡していた。その記録は僕のホームページの配付資料のページに全て残してある。それなりに工夫はするものの、前の晩に急いで書いているので、読むだけで分かるようにはなっていない。あくまで、授業で説明をするための資料という位置付けになっている。そのため学生は予習ができない(なにせ、前の晩に書いて、アップは当日だから。)ばかりか、復習しようにも、読んだだけでは分からないし、授業中に訂正したりするところもあって、不便をかけていた。

 その反省に立って、既存の本をテキストに選んだのだった。別にJavaである必要はなかった。結城氏には昔『Perlプログラミング・レッスン』という本もあって、これが手に入れば、その方がよかったのだが、今はJava本しか手に入らないし、これはAmazonの書評などでも好評であり、書店でも平積みで入手しやすい、など好条件が重なったために選んだのだった。

 しかし、この選択は、思ったほどの効果を発揮しなかった。予想よりも進行は遅れ、昨年度よりも充実していないような気がする。なぜだろう。

 問題は結城氏の本にあるというよりも、Javaという言語にあるように思われる。初心者がプログラミングを学ぶには、あまりにも煩雑な文法だからだ。これだったら、まだC言語の方がシンプルでいい。

 たとえば、単純に画面に表示するためにSystem.out.println()という関数を使わなければならない。ここで、Systemとoutとが何かを理解しなければ、単に文字列表示のための長い単語を覚えなければならない、ということになる。

 同様に、キーボードからの読み込みも、

BufferedReader reader = new BufferdReader(new InputStreamReader(System.in));

などと宣言しなければならない。これがどれだけJavaのクラス構造に依拠しているかは、明白だ。そしてそれを理解するために、クラスやクラス同士の関係を理解していなければならない。そうでなければ、これも意味を分からず丸暗記せざるを得ない。

 これが、プログラミングの本質にどの程度関わっているのだろうか。もちろん、Javaは初心者のためのものでなく、プロのプログラマが巨大なソフトを効率的に作成するためのものだ。そういうものを作るときに威力を発揮するし、そういう巨大なプログラムの前では、これらは煩雑であるよりも、むしろ統一的で安全な書法だと言えるのかもしれない。しかし、それは初心者のためものではない。

 一体プログラミングの本質とは何だろうか。オブジェクト指向もプログラムの本質に関する、ある重要な提言をしている、という意見があるかもしれない。確かにそうだろう。だから問題は、一般的なプログラムの本質を問うてはならないのである。初心者がプログラムの本質についての理解を得るために必要なものは何か、と問わなければならない。その答えは、Java言語に適するものではないだろう。

 最近、取り上げてきたPythonというのは、そういう意味で最良の選択だったと思うし、それをモデルにさらに簡略化をし、必要な機能に特化した日本語スクリプト言語wythonも、初心者がプログラミングの本質を理解するために適していると思う(そもそも、wythonはそのために開発したのだから、初心者に適していなかったら、まずいのだ。)。

 夏休みには、毎週課題を出して、その解答をメールで送ってもらうことにしているが、そこでは、Pythonないしはwythonを使用して、余計な概念に惑わされず、プログラミングの本質を身に付けてもらえるように、ふたたび、自前のテキストを書こうと思う。

 それと、今年のゼミの四年生の中に、そういう初心者向けのプログラミングの本質は何か、というテーマを取り上げている学生がいる。その学生の研究成果が待ち遠しい。本当はwythonはその学生の卒論を承けて作った方がよかったくらいだ。


大学生と社会人 [ゼミ・教育]

大学生と社会人はどのように違うのだろうか。もちろん、違いはたくさんあるし、どういう視点で取り上げるかによって、その違いのとらえ方も変わってくる。僕自身、大学の中にいるので、大学生ではないが、果たして社会人(社会で仕事をしている人)と言っていいかどうかは分からない。それにしても、たぶん、社会人からしたら大学生はこう見えるだろう、と想像してみることはできる。

 大学生と社会人が出会う、最初の場は就活だろう。次は大学生が入社したとき。その前に消費者として社会人に接している。が、大学生が消費者として接する企業というのは、非常に限られている。このことは別の問題を引き起こす。脇道に逸れるが、大学生が就活する場合、これまで身近に見たことのある企業を選択する傾向が強い。大学生の目に触れない企業は人気がない。しかし、大学生の狭い経験から職業の選択肢を考えると、きっと身近に接するものをまず最初に考えてしまうだろう。もしかしたら、就活を続けていくうちに、目立たないがきちんとした仕事をしている企業にも目を向けるようになるかもしれないが、そして、そうすることで内定ももらいやすくなるが、まだ内定をもらえていない人は、この辺りに無頓着なのではないだろうか。

 というのは大学生からみた社会人の見え方であるが、逆に社会人は就活をしにきた大学生をどのように見るだろうか。

  1. まず、大学生は責任感に乏しい。何か任されたことを責任をもってきちんと最後までやり遂げられない。やらされることについては真剣さに欠ける。社会人は、大抵の仕事はやらされるものだが、これを責任をもってやり遂げなければ、上司や会社、そして社会からひどい評価を受ける。
  2. 社会人よりも遊び時間が多い。よく遊ぶ。社会人は、週に1日程度休息の時間がある程度であり、あとはせいぜい息抜き程度だが、大学生は休みの日が多く、一日の時間でも、勉強以外に費やす時間が多い。
  3. これは責任感が希薄であることとも関連するが、いろいろな理由で欠席することが多い。社会人は滅多なことでは会社を休まない。

総じてこれは、「学生気分」と言われるようなものだろう。

 もちろん、大学生は社会人と違うのは当たり前で、同じにする必要はないし、社会人になれば、きちんと責任をもってやるようになるし、遊ぶこともできなくなのだから、せめて大学生でいる間は、もっとゆったり行きたい、という意見もあるのは百も承知だ。

 しかし、就活の場では、そのような学生気分は、どれぼど隠しても大人には直ぐに、ばれてしまう。要は、上に挙げたような学生気分を清算し、真剣に大学での研究に打ち込むことが必要なのだ。

 一人の社会人が一つの仕事を任されたとき、それを自分の責任で最後まできちんとやり遂げなければならない。同様に学生も、たとえば卒論を、任された仕事として、きちんと自分の責任のもとに最後までやり遂げてみよう。

 また仕事は一日最低8時間労働だが、大学生も、勉強について毎日、最低8時間を費やすようにしよう。そして休憩以外には休まないようにしよう。それだけで、きちんとした卒論を書くための素地が出来上がるだろう。もちろん、他の勉強も含めてだが。

 自分の一日、ないしは一週間の時間配分をもう一度見直してみよう。遊びにシフトしていないだろうか。そんなに遊んでいる社会人がいるだろうか。夏休みがあるのが当然の社会人はいるだろうか。学生気分で行動する社会人がいたら、その人は遠からず首にされるだろう。大学生は、高校生でも、中学生でもない。大学で何を学び、どういう行動をとるかは全てその人の自己責任で行われる。何もしないですますことも簡単にできる。自分の行動のパターンが社会人と比べてどうであるかを真剣に考えて生きてみよう。大変かもしれないが、その大変さと引き替えに、充実した人生を手に入れることができるに違いない。


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人文情報学科についてのインタビュー [ゼミ・教育]

 これをほんとは実際にインタビューしてもらうつもりでしたが、やってくれそうにないので、一人質問、一人答えをしてみます。

先生は人文情報学をどのようにお考えですか。

 人文情報学という学問は実際にはない、というか、将来そういうものができないとも限りませんが、今はそういうものがあるとは考えていません。むしろ、人文情報+学科という切り方をした方がいいと思います。もう少し詳しく言うと、「人文と情報の架け橋になる視点を学ぶ学科」ということです。

 これは僕のこれまでのホームページなどでも、あるいはオープンキャンパスの模擬授業のストリーミング配信などでも言ってきたことですが、「文系の人は情報処理の方法を知らず、一方理系の人は文系が何を必要としているかを知らない。文系の人のために、どのように情報処理の技術を応用するかを考えるために、その両方のことを知っている必要がある、そういう人材を育てる学科だ。」ということなります。

先生の研究のテーマについてお話下さい。また先生の専門分野の研究と人文情報学の関係についてお話を聞かせて下さい。

 僕の専門の研究分野は、チベット仏教です。特に、チベット仏教最大の宗教的天才であるツォンカパという人の理論的な教義を、存在論、認識論、言語論という観点から研究しています。またチベット独自の論理学の形成過程を、非常に古い文献を読んで再構成しようとしています。

 といっても、大学の授業ではそういうことは全く触れません。僕にはもう一つコンピュータ、特にプログラミングの趣味があります。これが好きなんですね。いろいろプログラムを作っていると、時間を忘れてしまいます。

 その場合、まずは自分の研究分野、特にチベット仏教関係の研究に役に立つプログラムを作ります。自分の役に立つことは、必ずしも大勢ではないにしても、他の誰かの役にも立ちます。自分が必要だと思うものを作れば、それが同時に人の役に立つ、というスタンスでこれまでいくつのもプログラムを作り、その一部は公開して、何人かの人に(必ずしも多くはないかもしれませんが、少数の熱心なユーザーがいます。)使ってもらっています。また一部はその都度の仕事をこなすために、自分で使うだけのものあります。この場合でも、それは人の仕事を手伝ってあげることが多いですね。つまり人の役に立つツール作りです。

どんなものを作ってきたかは、いろいろ僕のホームページとかを見ると分かると思います。

人文情報学科を志望する学生に一言お願いします。

 人文情報学科自体は、色々な先生がいて、それぞれが別々の考え方で人文情報をどのように捉えるかを追求しています。それだけバラエティに富んだ内容の授業やゼミがあるということです。全てに共通しているのは、コンテンツを重視するということ、問題を自分で見つけ、自分で考え、それをどのように表現していくか、ということを重視しています。これは専門学校にも、理科系の大学にもありません。しかし、現実の社会で情報処理を活かすためには是非とも必要な姿勢です。

 このような、現実社会で必要とされてる情報処理の技術と、それを具体的な問題にどのように応用していくかを追求してください。


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